明治十九年に東経百三十五度を基準とする標準時が定められるまで、この国の時刻は土地ごとにわずかずつ違っていました。太陽が南中する瞬間を正午とする以上、東の町と西の町で時計の針がずれるのは当たり前のことです。ところが基準が一本引かれた途端、その当たり前のずれは「誤差」と呼ばれるものに変わりました。空を回る太陽も、町の暮らしぶりも、何ひとつ変わってはいません。変わったのは、比べる先ができたという一点だけです。ここで足が止まります。精確さというのは、測る側の態度が緻密になった結果としてあとから現れるものなのか、それとも比べる先が用意された瞬間に、それまで存在しなかった性質として発生するものなのか。この二つは似ているようで、まるで違う話です。
同じ頃、長さと重さにも似たことが起きています。尺は大工の使うものと呉服商の使うもので寸法が違い、升の容積は土地ごとの慣習に委ねられていました。日本がメートル条約に加盟したのは明治十八年で、以後、国が保管する基準器と照らし合わせるという手続きが少しずつ制度として整えられていきます。注意したいのは、この過程で商人が急に誠実になったわけではないという点です。照合すべき相手が一個だけ決められ、そこからの隔たりを数字で言えるようになった。近代がこの語に与えたのは、勤勉さの徳目ではなく、参照の骨格でした。誰かの手先が器用かどうかではなく、どこに繋がっているかが問われるようになったのです。
計測の分野では、真の値にどれだけ近いかを問う指標と、繰り返し測ったときに結果がどれだけ揃うかを問う指標が、別のものとして扱われます。前者が外れていても後者だけは良い、ということが起こりうる。狙いが的の中心からずれている射手でも、弾着が一点に固まることはあるからです。日本語の「正確」と「精確」は、字面のうえではこの二つの区別にきれいに対応しそうに見えます。正しさと、精しさ。訳語の候補としては都合がよすぎるほどで、実際そう説明されることもあります。
ただ、実際の日本語がその対応を守っているかというと、そうでもありません。「精確」と書かれた文の多くは、意味の焦点を移すためではなく、単に「正確」を硬く言い換えた位置に立っています。専門的な文書でも書き分けが徹底されている例は多くない。だから地の文にこの語を置くと、読者はまず分解能の話ではなく、選ばれた漢字の硬さのほうを受け取ります。精しさを語ったつもりが、書き手の几帳面さの表明として読まれてしまう。この受け取られ方のずれは、欠点というより、そのまま使い道でもあります。硬い語を選ぶ人物の視点で書かれている、という情報が一語で立つ。
人物に精確さを持たせたいとき、細かく測る仕草をいくら積んでも像が結ばないことがあります。基準が書かれていないからです。何と照らして正しいのかが示されない限り、緻密さは態度の演出にとどまる。実験記録を一日も欠かさない研究者なら、彼が信じている基準器はどこの棚にあるのか。刀の反りを目で見る職人なら、その目盛りは誰の手から受け継がれたものなのか。参照先をひとこと書いておくだけで、その人物の緻密さは性格の描写から履歴の描写に変わります。明治の役所が金庫にひとつだけ収めたものと、同じ役割を果たすものが、人物の中にもあるはずです。