小説の語彙には、行いを描く言葉と、行いを裁く言葉があります。「昼から酒を飲んで帰らなかった」は描写ですが、「ふしだら」と言った瞬間、そこに裁く者の目が立ち上がる。これは評語——対象の性質そのものではなく、評価する側の規範を映す言葉です。誰がこの語を口にするかによって、照らし出されるのは対象よりむしろ話者のほうになる。小説にとっては、そこが使いどころになります。
語の成り立ちには複数の説があります。「しだら」に否定の「ふ」が付いたとする見方が広く知られていますが、その「しだら」が何に由来するかについては梵語に求める説などがあって、確定していません。「だらしない」の「だらし」を「しだら」の倒語とする説も古くから知られています。いずれにせよ、締まりや秩序の欠如を指す言い方として近世から使われ、近代に入って道徳の色を強く帯びるようになりました。語形の来歴が曖昧なまま、意味の側だけが時代の要請で研がれていったのです。
色を濃くしたのは、明治以降の家の制度と、それを描いた小説だと考えられます。明治民法の下で家の体面と品行は法と世間の両方から監視され、身持ち、貞操、素行といった評語の体系が整った。自然主義以降の小説が私生活の乱れを正面から主題に据えたとき、この種の語は、世間の声を作中へ呼び込む装置として働きました。地の文が使えば語り手が世間の側に立ち、姑や隣人の台詞として使えば、人物の口を借りて規範が家の中へ侵入してくる。同じ一語でも、置き場所によって規範の持ち主が変わる。近代小説がこの語に払わせた仕事は、個人を描くことではなく、個人を囲む圧力を可視化することでした。
同じ時期、作品の側もまた裁かれていました。明治に整えられた出版法制は、風俗を乱すと判断した刊行物を行政処分の対象にできる仕組みを備えており、風俗壊乱という語が処分の理由として使われました。作中で人物を裁く評語と、作品そのものを裁く役所の語彙が、同じ時代に並んで動いていたことになります。私生活の乱れを主題に選んだ作家たちは、その二重の視線の下で書いていました。誰かを裁く語を紙面に置くことと、その紙面ごと裁かれることが、隣り合っている。近代小説がこの種の語を扱うときに独特の緊張を帯びるのは、書き手自身が判定される側にも立っていたからでしょう。行政の語彙が漢語の熟語であるのに対し、小説が使ったのは和語の評語でした。同じ判定でも、告示の語と世間話の語とでは、届く距離が違います。
隣に立つ「だらしない」と比べると、意味の分業が見えてきます。「だらしない」は服装にも金銭にも仕事ぶりにも使える、生活全般の緩みの語です。ところがこちらの語は、近代を通じて品行——とりわけ男女の関係をめぐる品行——へと守備範囲を狭めていった。意味の縮小と呼ばれる変化ですが、それを押し進めたのは辞書ではなく、小説や新聞が世間の関心の集まる場所でこの語を繰り返し使ったことでしょう。しかも経験的には、この評語は女性に向けて使われることが目立って多かった。同じ行いへの評語が性別で非対称になるという事実そのものが、時代の規範の形を写しています。
貶す語だけを見ていると、体系の片側しか見えません。同じ時期に、褒める側の評語も整えられています。貞淑、しとやか、身持ちがよい。判定の物差しは、両端に目盛りを持ってはじめて物差しになります。そして目盛りの偏りは、褒貶の両側で揃っていました。褒める側の語もまた、経験的には女性へ向けて使われることが目立って多い。裁く語と讃える語が同じ集団に集中しているなら、その集団は評価の対象として名指されているということです。規範の形を復元したいなら、悪い側の語彙だけでなく、良い側の語彙も並べて数えるほうが早い。近代の小説は、その両方を人物の造形に使い分けてきました。ひとりの人物を褒める語と貶す語のどちらで呼ぶかを、作中の誰が決めているのか。そこを追うだけで、規範の持ち主の見当はつきます。
現代の耳には、この語は少し古風に響きます。そして、その古風さ自体がまだ使える。現代を舞台にした作品でこの語を選ぶ人物は、それだけで古い規範を内面化した人として造形されます——語の意味ではなく、語を選ぶという行為が人物を描くのです。評語は対象を照らすより先に、持ち主を照らす。裁く言葉を書くとき、書き手が本当に描いているのは裁かれる者ではなく裁く者である。この一語の百年は、そのことの証言になっています。