随分
【ずいぶん】副詞使い分けの視点
「随分」は程度の大きさに加え、事前の見積もりとの差を含みます。「かなり」は比較的中立で、「思いのほか」は予想外を明示します。会話に置くと話者が何を基準にしていたかまで漏れるため、単なる強調ではなく驚きや時代感を担わせます。
同義語
同品詞の類義語
類義句
同品詞の慣用的言い換え
婉曲・強調変換
ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)
「随分」は程度の大きさに加え、事前の見積もりとの差を含みます。「かなり」は比較的中立で、「思いのほか」は予想外を明示します。会話に置くと話者が何を基準にしていたかまで漏れるため、単なる強調ではなく驚きや時代感を担わせます。
同品詞の類義語
同品詞の慣用的言い換え
ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)
下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。
例文: 見積もりとの差を知った旅人は、「随分歩いたな」と壊れた歩数計を振った。
尺貫法で書かれた古い証文を開くと、一反、一升、一貫といった単位が並んでいます。生活の側からこれらの実体はとうに退きましたが、言い方のほうは残りました。一升瓶は容量の呼び名としていまも現役ですし、一寸先は闇、という言い回しも減っていません。尺も寸も、いまや手元に実物がないのに、比喩としては誰にでも通じます。制度としての目盛りが役目を終えても、その目盛りを前提にして組み立てられた言葉は、目盛りの記憶を抱えたまま日常に居座る。単位が消えても、単位が測っていた感覚のほうは残るからです。ものを測る目盛りでそうなのだから、人を測る目盛りでも同じことが起きて不思議はありません。
分際、身の程、応分、過分、分限——江戸期の社会には、人の位置を「分」の一字で言い表す語が層をなしていました。誰がどこまで振る舞ってよいかを制度が定めていた時代の語彙で、程度を測る目盛りが身分の側に固定されている点が共通しています。過ぎれば過分、足りなければ不相応で、どちらも本人の望みとは別のところに基準がある。この一群の中に、いまでは程度を表す副詞としてしか使われない語がひとつ混じっています。
分に随う、と書けば、身分に従うという意味になります。近世には「随分気をつけて」のような言い方があり、これは現代語のような強調ではなく、できる限り、精一杯、という意味だったとされます。自分に許された範囲の目一杯まで——という含みで、上限が外から与えられている構図です。程度を言っているようでいて、実際には分限のほうを指していた。目盛りの原点も上限も、話者の外側にあったことになります。同じ言い方をしても、誰が言うかによって指す量が変わる語だったはずです。
明治以降、身分制度が法的に解体されると、この語彙群は足場を失います。分際や分限は、制度用語としての中身が抜けて、相手を難詰するときの言い回しか、法律用語の一部として残った。分限処分、という言い方は、いまも公務員の身分をめぐる条文の中で使われています。制度語は、制度そのものが形を変えても、条文という器の中では生き延びやすい。この語だけが違う道をたどりました。上限を指していた部分が空洞になり、上限に達しているという感覚のほうだけが残る。中身が抜けた結果として、程度が大きいという意味の副詞に落ち着いた——そう説明する見方ができます。制度がなくなっても、限界まで来たという体感のほうは誰にでも残るからでしょう。
制度が消えたあとに語だけが残る経路は、ほかにも辿れます。一所懸命は、与えられた一つの所領を命がけで守るという、武士の土地保有をそのまま写した言葉でした。所領という制度が失われると、語は意味の芯を抜かれ、表記まで一生懸命へ移って、いまでは物事に打ち込む態度を指す言い方として使われています。もとの語にあった土地の輪郭は、どこにも残っていません。ここで起きているのは、制度語がまるごと比喩へ降格する過程というより、語のうち制度に依存していた部分だけが落ち、依存していなかった部分、つまり命がけという体感のほうが選び残される整理です。同じ選別が、分に随う、という言い方にも働きました。落ちたのは分のほうで、随う側の目一杯という感覚だけが引き継がれています。
程度副詞が摩耗して入れ替わっていくのは、この語に限った話ではありません。大変、非常に、たいそう、すごく——強調のために選ばれた語は、繰り返し使われるうちに強調の力を失い、次の語に席を譲る。大変にしても、もとは容易ならぬ事態を指す語でした。強調は使えば減る資源で、日本語はそれを数十年おきに補充してきたことになります。補充されるたびに、前の語は少しだけ穏やかな位置へずれていく。ずれた語が積み重なって、いまの程度副詞の階段ができあがっている。階段の下のほうに沈んだ語は、たいてい書き言葉のほうに長く残ります。話し言葉が先に更新され、書き言葉が遅れて追う。時代設定のある小説で人物の口調を作るとき、この時差はそのまま使える手がかりになります。
現代語には、その履歴が薄く残っています。随分歩いた、と、かなり歩いた、を並べてみると、前者にはわずかに、思っていたより、という驚きが混じる。単なる量の報告ではなく、見積もりとの差の報告になっている。会話文で人物にこの語を選ばせると、その人物が事前に何かを予想していたことまで一緒に伝わってしまいます。何も予想していなかった人物には、この副詞はそもそも選べない。上限を指していた語の名残が、いまも見積もりのほうを向いています。
文: hakadoru.ai 編集部
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